道を選んでいくこと

道を選んでいくこと

こんにちは。

仕事を選んでいく、って、思ったよりも難しいものです。

 

毎年当たり前のように「就活」という言葉が飛び交い、大学生、専門学校生、高校生、日本中の子どもたちが励んでいるようです。

かくいう私も、大学4年の秋頃、就職活動をしたものでした。

私はそんなに熱が入っていたわけでもなく、「とりあえず卒業しちゃったら所属する場所がなくなってしまうし、世の中や親は私が就職して金銭的に自立することを望んでいるはずだ」というザックリとした気持ちで臨んでいました。

 

ということで大学がデザイン学科だった私は、「デザイン会社」というものに応募して、運よく都内の中規模の会社に正社員として所属することが決まったのでした。

 

でも私、実はね、本当はね、先生になりたかったんですよね…

大暴露。

笑いましょう。

 

当時、今もそうですが、美術教師の職は狭き門です。

大学で教諭免許をとっていたとしても、県などの採用試験にとおるのはなかなか大変なことでした。

もちろん大学4年の夏時点で教員採用試験というものの存在すら認識が曖昧だった私が、簡単に通るはずがありません。

勉強してない!無理!

….と、思っていました。

本当は、それでも挑戦すればよかっただけの話なのですがね。

 

大学生の私は、「デザイン学科を出たからには正社員でデザイナーの職につき金銭的に自立しなければならないはず」という考えが勝っていたんですね。

 

じつは当時、自力で探し出した美術教室のアシスタントのアルバイトをしておりました。(この経験がぷっち・こっぷのスタートかもしれません。)

ついていた先生からは「きっと向いてるから辞めちゃうのは惜しいなあ。アシスタントのうちは他のバイトと両立しないと食べてけないけど、数年で自分の教室持てるから。他に就職しちゃうの残念だなあ。」といったお話もあったのです。

はぁ、もったいない…。

 

どうして、「デザイン会社に正社員で就職する」から抜け出せず、そのまま突き進んだのでしょうか。

 

その答えは、「体裁」が大きかったように思います。

正社員で就職しなきゃカッコ悪い!?

できない奴だと思われる!?

そんな体裁ですね。

 

ところで私が先生になりたかった理由は、そんな素晴らしい理由なんかではないのですが、ただただ「学校が好き!」でした。

卒業したら「学校」に行かなくなる!?

そんなこと想像もつかなかった。

寂しい!

 

もちろん6歳からの長〜い学校生活では辛い時期もあったけれど、

学校はなんだかとても安全で、「正しいこと」があって、元気でいれば許されて、友達がいて、食べるものもありました。

ノートをとるのが好きで、カラーペンを駆使してキレイにとったノートはテスト前に友達がコピーを欲しがりました。(笑)

絵を描くのが好きで、描いた絵はみんなが褒めてくれました。

授業に興味があったので、聞いていればテストなんかへっちゃらでした。

 

 

さてさて、「体裁」をとった22歳の私を待っていたのは、「いい仕事する」とか「いいデザインをする」こととは程遠く….

終電で帰った帰り道に24時間営業のスーパーで売れ残りのパンを買い…

家でシャワーだけ浴びて濡れた髪のまま眠り…

翌日早めに出社して掃除とゴミ捨てをする…

そしてまた終電までどうにかしてPCに向かう… といった死にもの狂いの生活でした。

 

1年ほどで会社を辞めて、その後はまあいろいろとあり、出産してからも個人でデザインを受けたり、パートでデザイン会社に勤めたりはしましたが、罵声の飛び交う職場に耐えきれずまた辞めて… (ここは話せば長くなるので…)

気晴らしのアルバイトをしてみたり…

求人広告をひたすら夜な夜な作ってみたり…

 

そして今、やっと、先生やってます。

もちろん、教員採用試験にとおったわけでもなく。

勝手に、先生やってます。(笑)

そう、私は先生になりたかった!

 

世の中が決めた「枠」にうまく挟まって働く、ということの困難さ、大変さ。

サラリーマンの皆さん、OLの皆さん、本当にすごいです。

 

先日夫に聞いてみました。

「どうしてみんな、正社員になりたいの?」と。

夫は勤続25年のザ・サラリーマンです。

批判したいわけでは全然なくて、いまの私には、本当にどうしてなのかわからなかったので。

 

すると、

「社会的信用。」という答えが返ってきました。

正社員だとローンの申請が通る。まあそれがずべてを物語っていると。

 

なるほど…

だけど、大学4年で、すでに「正社員にならないとローンの申請が…!!」って思って就職活動しているの?

やっぱり結局、未だにわかりません。

 

正社員として企業に所属することの価値、意味。

でも価値や意味があるからこそ、誰もがリクルートスーツを着て、就活しているんですよね…?

それとも、「価値や意味」ではなく、私と同じ「根元のない体裁」なのでしょうか?

 

かつて母が、姉が付き合っていた彼が契約社員だったことをとやかく言ったことがありました。

正社員じゃないと、と。

それもいろいろ物語っていますね。

 

世の中は、もしかすると正社員というもだけでできているのかもしれません。

 

 

「やりたい職業がある」→「探した結果、たまたま入りたい〇〇会社が正社員を募集していて、やりたい業界に入れそうだからチャレンジ」

それならラッキー!

 

「やりたい職業がある」→「探した結果、アルバイトでしかその職業につけないし、掛け持ちもしないといけない。だけどやりたいことができそうだからやってみよう」

それでもいいんだ!

 

「やりたい職業がない」→「とりあえず自分の専攻でOKなどこかの会社の正社員で内定もらわないとカッコつかないし生活できないしみんなそうしてるし」

できれば、我が子にはそういう選択をして欲しくないと思います。

私がそうだったんですから。

 

 

ちなみに、デザイン会社に新入社員で勤めていたこと、文章中では悪いように書きましたがとても感謝しています。

現在も個人でデザイン業を続けられていること、辞めた後も助けてくれたこと、本当に感謝です。

当時はただ私に力量がなかっただけ。

今でもここからお仕事お受けしていますよ。

 

 

そして今、またしても私は職業の選択に悩んでいます。

先生は辞めないです。

それについてはまた、ここで書きますね。

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